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【史料館】ありのままの歴史を知り、学びあうために
平和文化史料館ゆきのした
代表 田島伸浩 2006年3月3日
1.はじめに
ゆきのした文化協会(以下「協会」と略記)は2001年11月23日、丸岡町里丸岡に「平和文化史料館ゆきのした」(以下「史料館」と略記)を開設しました。50余年にわたる運動で蓄積した約2万点の資・史料を、文化創造活動に役立ててもらうことを目的に公開に踏み切りました。 開設までのいきさつについては、本誌83号(2000年9月)に『ゆきのした平和文化資料館のめざすもの』(粟田事務局長)と題してまとめていますので、本稿では割愛します。 開館に際し、「資料館」ではなく「史料館」と名づけたのは、世代交代が顕著になり、50年前の福井空襲や福井地震あるいは40年前の60年安保闘争などがいまや歴史上のできごととして認識されている現状を踏まえ、所蔵品の多くが戦前から戦後にかけてであることから、「史料館」と位置づけるのがふさわしいと勘案した結果です。
2.開館5年目を迎えて
開設以来の来場者は延べ約800人で、その来館目的は以下のように大別されます。
1)開設時の3日間および毎年の開設記念日への来場者 2)小学生の社会科の課外授業と教諭による下見 3)障害者施設入居者の課外研修 4)県内で開催された各種団体の全国あるいは東海北陸ブロック会議参加者の見学 5)福井空襲に関わる史料の閲覧と貸し出し 6)福井地震に関わる史料の閲覧 7)中野重治・鈴子関係史料の閲覧と貸し出し 8)小中学生の夏休み自由研究 9)日中友好協会福井支部に関わる人びとの見学 10)史料館全般の見学 11)総務庁および自治体からの「民間の平和資料館」の実態調査
史料館の開館日は当初毎月第3日曜日と定めましたが、来場者が全くない実情から、現在は見学を申し込まれた時と館内整備(不定期)の日に限っています。常駐体制が目下の最大の課題です。史料館の活動の一端として、地元丸岡町の小学生の課外授業を館内で行ったほか、出前講座として丸岡町高椋小学校、勝山市荒土小学校の社会科授業で、焼夷弾や召集令状(赤紙)などの実物史料を持参し「福井空襲」の語り部も行っています。 館外の展示会としては、イラク戦争開始に呼応して2003年5月に「戦争と子ども展」、福井空襲60周年記念の2005年7月に「福井空襲展」を開催。「福井空襲展」では、戦時中に発行された「防空」という雑誌(館所蔵)の図解をもとに「防空壕」の模型を制作・展示しました。 史料の貸し出しでは、戦争や福井空襲に関わる実物史料が大半を占めています。福井市・鯖江市・丸岡町の歴史の語り部の皆さんのほかに、小浜市のお寺、遠く福島県の朝日中学校からも依頼がありました。ホームページを検索しての依頼もぼつぼつ現われていますが、当館の資・史料の貸し出しが無料であることが大きく働いているようです。ホームページへのアクセスは、2005年末で4600件を越えています。
3.九条を守るには、まず日本国憲法を知り学びあうこと
2005年の衆議院選挙での自民党の圧勝のもとで、日本国憲法の改悪の動きが風雲急を告げています。これに先立って協会運営こんだん会では、2004年末から、まず憲法を知り学ぶことが憲法改悪を許さない運動の出発点であるとの認識から、自ら学びあうことを実行しています。2005年5月の「5・3憲法を学ぶつどい」もその一貫で、当会の呼びかけに多くの賛同を得て、結果として共同開催を生み出し成功しました。 いま、県内でも「9条の会」の活動が地域や職場ではじまりました。私も「かなづ9条の会」の会員ですが、金津町を皮切りに、丸岡町、大野市の「9条の会準備会」で『福井空襲』の話をしました。日本国憲法が15年戦争への反省を土台に成り立った歴史を、史料をもとに学びあおうとの主旨からです。戦後世代が過半数を占め、太平洋戦争でアメリカと戦ったことも、郷土福井市が空襲にあったことも知らない人びとが驚くほどに増えています。世代交代と言ってしまえばそれまでですが、ありのままの歴史の姿を知り学ぶことを抜きに、平和憲法の成り立ちと目指すものを語ることはできません。その教材が史料館には豊富にあるわけですから、大いに活用していただきたいと願い、また出前講座にも積極的に取り組んでいるところです。
4.日本国憲法に関わる史料
日本国憲法に直接かかわる館蔵史料は以下の3点です。
【日本国憲法公布の官報】 1946年(昭21)年11月3日付けで日本国政府が発行した官報「号外」(A4版)の実物があります。「号外」とあるのは、表紙にも書かれていますが、この日が日曜日だったからと思われます。 当時の紙は質が悪いうえに、60年近く経ちましたのでかなり痛んできました。しかし、実物を所有している個人や団体はほとんどいないと考えられる貴重品です。
【新しい憲法と明るい生活】 1947年(昭22)年5月3日の日本国憲法施行にあたり、当時の総理大臣芦田均を会長とする「憲法普及会」が編纂したものです。文庫本ほどの大きさで、新憲法の特徴を一般国民向けに分かりやすく解説した内容となっていて、巻末には憲法の全文が掲載されています。配布された範囲は不明ですが、表紙の下段には『大切に保存して多くの人人で回読してください』と表記されています。平易な表現ですが格調高く、たとえば九条については『私たちは戦争のない、ほんとうに平和な世界をつくりたい。このために私たちは陸海空空軍などの軍備をふりすてて、全くはだか身となって平和を守ることを世界に向かって約束したのである。』(・・・筆者)と明言しています。
【あたらしい憲法のはなし】 1947年(昭22)に文部省が発行した中学校一年生の社会科の副読本です。 奥付には、同年の7月22日翻刻印刷、同8月2日文部省検査済とあります。 館の所蔵品は、日本平和委員会による復刻版で、副読本の体裁となっています。 この副読本が授業で用いられたのは3年ほどで、1950年の朝鮮戦争により教室から姿を消しています。中学一年生が対象ですが、内容は新憲法の真髄を明解に解説したもので、改憲論者に突きつけて読ませたいほどの輝きを失っていません。
5.戦争や戦災・空襲にかかわる史料
旧日本帝国政府が1945年8月15日にポッダム宣言を受諾し、無条件降伏で終戦を迎えるまでの15年間の侵略戦争で、朝鮮半島、中国東北区(旧満州帝国)、台湾などアジア諸国へ与えた悲惨な行状は、東京裁判で裁かれて当然の行為でした。そして、それに対応して日本国民が受けた原爆を含む無差別大量虐殺の空襲も、同じ重さで裁かれる性質を持っています。なぜなら、犠牲者の多くは非戦闘員である無辜の女性、お年寄り、子どもだったからです。 もちろん、戦争の第一線に参加した兵士の餓死をはじめとする悲劇も忘れてはならないでしょう。しかし、当時の多くの国民は大本営の虚偽の発表に勝利を疑っていませんでした。あたかもマスコミを筆頭に小泉劇場に乱舞する現状と変わりません。 こうした歴史の真実を歪曲する潮流が、靖国神社問題に象徴されるように、戦争を知らない二世・三世議員によって声高に行われています。そして、それに反論する民主団体や平和団体が具体的事象や検証材料を脇に置いて、ただただ「九条を守れ」と対抗するのであれば、大政翼賛会的な現状を打破することは並大抵ではないと思います。「史料館」が歴史を証言する諸史料を公開した本位は、ありのままの歴史の姿をさまざまな現物の史料で知り、学び、自らの血肉として会得し、周りに伝えていってほしいとの願いにほかなりません。
憲法や教育基本法の教材として、館が所蔵する歴史の証言史料を以下に紹介します。
1)福井空襲関連史料 【焼け跡写真】 石川光陽氏撮影の焼け跡写真は「福井空襲史」にも掲載されていますが、協会が石川氏から提供いただき、のちに著作権を譲り受けたものです。早乙女勝元著「東京大空襲」(岩波新書1971年刊)に、『石川氏(当時31歳)は警視庁警務部写真主任で、警視総監の特命を受け、空襲の記録写真を残す目的で、シボレーに乗り、ライカ(写真機)に、コダックフィルムを使用した』皮肉な逸話を紹介しています。協会では、この写真を張り合わせた福井市の焼け跡全景をはじめとする写真集を出版し、福井空襲の語り部の人たちに重宝されています。 【福井空襲大絵図】 1984年7月〜85年7月の1年間をかけて、戦争を知らない当時の20代30代の若者たち約20人で描きました。空襲当夜から翌日を全6景に分け、縦2.4mの手製のカンバスに等身大で描いた全国にも例のないものです。横に並べると50mになります。 「福井空襲展」ではもとより、大阪、京都、名古屋、岡山、琴平などでも展示されています。最近では丸岡町高椋小学校六年生の特別授業の教材として体育館いっぱいに展示し、全校生徒と併設する幼稚園児に見てもらいました。 【福井空襲史の生原稿】 福井空襲史の編纂に関わった「福井空襲を語り継ぐ会」(協会が提唱し結成された)が刊行(1978年)後解散となったあと、運動を引き継いだ協会がすべての原稿を管理・保管しています。 【犠牲者お名前帳】 空襲史に掲載された犠牲者のお名前に、その後「福井空襲展」の来場者からあらたに判明したお名前を追加し作成したものです。1991年と92年には、福井空襲記念日に足羽山の「空襲・震災記念観音堂」の前ですべてのお名前を読みあげ、犠牲者の無念を悼みました。 2005年の「福井空襲展」では、個人情報保護法に配慮しお名前の張り出しを遠慮しましたが、そっと陳列したお名前帳を見た来場者から2名の漏れ落ちの指摘がありました。 【焼夷弾(筒)】 M69型焼夷筒の燃え殻と、ほぼ原型を留めた不発弾が各一本。 【罹災証明書、死亡証明書】 手書きの家財焼失証明書と死亡証明書(町内会長が証明?)。 印刷物による罹災証明書(福井市長の証明?)。
2)戦時中の史料 @刊行物 【支那事変画報】 大阪毎日・東京毎日発行のB4版の月刊写真誌。 1941年(昭16)発行のものから約10冊。 【写真週報】 情報局編輯のA4版。 1944年(昭19)の発行のものから約20冊 【同盟グラフ】 同盟通信社発行のA4版の月刊誌。 1943年(昭18)発刊のものから約20冊。 【情報局編輯の週報】 内閣印刷局印刷発行のB5版。 1942年(昭17)から43年発行のもの14冊。 【防空】 財団法人大日本防空協会発行のB5版の月刊誌。 1943年(昭18)7月号、8月号、9月号(時局防空必携に改訂)。 【日文満文「満蒙時報」】 満蒙時報社発行の月刊誌。日文満文とあるように日本語と漢文で構成されています。 1934年(昭9)1月号。 A教科書 【高等小学校国史(上巻)】 1936年(昭11)文部省発行. 【尋常小学校修身書「児童用」(巻六)】 1939年(昭14)文部省発行。 【小学書方手本(第四学年下)】 1936年(昭11)文部省発行。尋常科用。甲種。 【尋常小学読本(巻八)】 大正2年文部省発行。 【支那語基準会話(上巻)】 1941年(昭16)外語学院出版部発行(第27版)。 【修身及公民科・普通学科「日本青年学校教科書(巻一)」】 1940年(昭15)実業之日本社発行。 表紙には福井県版「本科5年制用」と印刷されていて、奥付には、福井県版発売所:中村書店(福井市佐佳枝町)との記載があります。 【尋常小学校教科書】 復刻版の入手をつづけていますが、現在数冊を所蔵しています。 B軍隊関係出版物(発行者・発行日を省略し列挙ます) 戦陣訓、勅語勅諭集(附・戦陣訓)、歩兵操典草案(昭13)、歩兵操典(昭15)、出動軍下士官衛生心得、陸軍在郷軍人須知、未入営補充兵必須、乗車部隊煮ノ行動抜粋など。 C朝日新聞(福井県版) 1941年(昭16)〜45年のものがダンボール2箱分あります。あわら市(旧芦原町)の方が朝日新聞福井支局へ贈呈したものを協会が譲り受けました。当時の記事もさることながら、広告なども興味深いものがあります D戦争に関連した品々(注釈なしに列挙します) ヒロシマの原爆瓦、B29から落とされた油缶(使途調査中)、召集令状(赤紙)の 復刻版、戦死を知らせる「死亡告知書」、配給衣料切符、戦時郵便貯金切手、戦時貯蓄債券、奨金附福券、避難救護係長の腕章(桜組防空組合)、防空用具入(ブリキ制)、福井空襲で死亡した4歳児の防空ずきんなど。 E軍隊に関連した品々 各種の軍帽・軍服・軍靴・ゲートル(巻き脚反)、鉄兜(てつかぶと)、水筒、飯ごう、背嚢(はいのう)、防毒マスク(将校用ゴム製)、銃弾入れ、高射砲の薬莢、陶製の地雷・手榴弾、軍属・軍医が用いたトランク、海軍で用いた蚊帳(かや)、風船爆弾用和紙、陶製の地雷・手榴弾、軍事教練用木銃など。 3)空襲・戦災の記録集および関連出版物 1960年代半ばから、全国の空襲被災都市では、空襲・戦災の記録運動がはじまりました。その運動の交流を目的に、1971年から毎年夏に被災都市持ち回りで「空襲・戦災を記録する会全国連絡会議」を開催しています。福井市でも1987年と2002年に協会主催で開催しました。これら各地の記録集や体験記の各種出版物をほとんどそろえています。近年は米軍資料の研究も盛んで、模擬原爆や空襲の実態が明らかになってきて、その研究成果の出版物やCDも増えています。全国連絡会議の資料と併せ蓄積しています。 4)戦後発行の戦争に関連した各種出版物 戦後からいままでに、第二次世界大戦を省みる各種の出版物が無数に刊行されています。また戦時中の国民の生活を再現するものも出されています。協会が収集した史料のほかに、多くの方から贈呈されて整理もままならない分量です。シリーズもの、写真集、「丸」などの雑誌、小説や詩集など、とりあえず雑多に陳列しています。
6.おわりに
史料館の存在も徐々に伝わって、多くの方から蔵書や昔の生活用品などが届けられています。このため整理するよりも受け入れの分量がまさり、まだ開いてもいない資・史料がダンボール箱に数十あります。このため重複する史料の一部を会員宅の小屋へ移転する作業を行っていますが、整理のスペースを確保するまでには至っていません。 本稿では、憲法や教育基本法の改定の動きに対応して歴史の真実を学びあうための教材ともいえる諸史料を紹介しました。史料館をPRする場を提供していただいた編集部の意図に沿うことができたかどうか心もとないのですが、大いに活用してくださることを願っています。史料の閲覧や貸し出しについては、協会へご連絡ください。 電話・FAX 0776-52-2163
(電話は13:30〜17:00に願います。) Eメールアドレス info@yukinoshita.net ホームページ
ttp://www.yukinoshita.net/
*「福井の科学者 地域に根ざす科学者運動99」(日本科学者会議福井支部刊、2006・2)に収録
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