【教育】教育基本法改正の動きをどうとらえるか
寺岡英男(福井大学教育地域科学部・教授)
1. 今の状況とその特徴
中教審は2003年3月に答申「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」を出した。その後与党は「教育基本法改正に関する懇談会」で改正に向けての作業を継続してきたが、ここに来て12月に入り、「次期通常国会で成立をめざす」との小坂文部科学大臣、自民党中川政調会長の発言でにわかに緊迫した状況となってきている。
中教審答申の内容では、現行法の基本理念は引き続き規定しながらも、新たに折り込むべき理念として、「社会の形成に主体的に参画する『公共』の精神、道徳心、自律心の涵養」「日本の伝統・文化の尊重、郷土や国を愛する心と国際社会の一員としての意識の涵養」、「生涯学習の理念」、「男女共同参画社会への寄与」などの事項が挙げられている。また与党の懇談会での作業では、「愛国心」に関わる表現上の問題に残された問題は絞られてきていると言われている。
教育基本法が制定されて以降、改正をめぐっては絶えず政治上の論議となってきた。たとえば1955年前後の改正の動きとその挫折、1966年の「期待される人間像」の答申、あるいは1980年代に入っての中曽根内閣の臨教審等々。しかしその臨教審でも「教育基本法は変えない」と公言した上での、解釈改正であったということを考えれば、今回の改正の動きは、従来とは基本的に異なる切迫した重大な意味を持っている。
こうした今回の教育基本法改正の動きについては、すでに多くの論が出されているので、この小論では、今回の改正の社会的・経済的背景と教育基本法の普遍性の意義の2点に絞って、研究ノート的な形で整理と問題提起をさせて頂くことでお許しいただきたい。
2. 社会・経済的構造変化と改正の動き
(1)社会・経済的構造変化と日本の選択
先に触れたように、教育基本法は制定後まもなくから改正の危機に絶えず晒されてきた。改正の目論見はありながらも、それ自体は実現できなかった経緯の中で、なぜここに来て改正が現実の政治日程に上ってきているのか。それは海外派兵等、なし崩し的違憲行為をすすめる小泉内閣に関連した要因はあるが、問題の基本は、21世紀に入り、経済的・社会的な構造の転換期にあるという状況のもたらす要因があると言える。20世紀から21世紀への産業構造の転換は、重化学工業を中心としたものから、情報集約型産業を中心とする知識基盤社会への大きな転換と言われている。
この大きな転換の時代にハンドルをどう切るか、そのいかんは国や社会の方向性を基本的に方向づける。神野直彦はそれを次のように分析している。*1
「第二次世界大戦後に先進諸国は、こぞって福祉国家をめざすという『共通の道』を歩んできた。けれども、歴史の『峠』にさしかかると、先進諸国は『二つの道』へと分岐してしまう」と、
そしてさらに言う、
「『二つの道』の一つの道は、福祉国家をかなぐり捨てて、『小さな政府』を目指すアメリカや日本などの選択した道である。もう一つの道は社会的セーフティネットを張り替えていこうとするヨーロッパ社会経済モデルである。…アメリカや日本が目指す『小さな政府』の道は、社会的セーフティネットを切り捨て、旧来型産業構造を維持していこうとする道である。衰退していく既存の産業構造を維持しようとすれば、コスト低減を図り、生き残る企業を限定していく必要がある。それゆえに、競争を鼓舞していく企業を、さらには働く者達を淘汰していく。そのため口を開けば、『生き残りを賭けた競争が始まる』という言葉が連呼されていく」
知識基盤社会が始まったのが1980年代。中曽根臨教審は、そうした状況を反映したものであったが、それでも解釈改正に止まった。21世紀に突入したいま、『生き残りを賭けた戦争』をやるためには桎梏(しっこく)となった教育基本法の本格的な法改正を行おうと言うのである。そしてそれを支えるイデオロギーが、競争主義としての新自由主義と偏狭なナショナリズムであると言える。
この2つのイデオロギーのめざす方向を、渡辺治は端的に次のように指摘している。*2
「一方では教育を階層化し、学校教育全体はスリムにして、平等的な制度そのものに手をつけるという改革を徹底する方針を打ち出し、もう一方では教育のスリム化によって放置される広範な大衆的な子どもたちをもう一回秩序の枠内に収め、軍事大国化とか、新自由主義改革を受容する層として統治するため、徹底して規範教育を押し付けようという方向です。」
これらは今日具体的には、義務教育費国庫負担制度をめぐる危機、国際的な調査での「学力低下」の要因を最近の子どもたちの競い合う心が失せてきたことに求め、もう一度「学力世界一」を目指すための全国的な学力テストの導入*3、規範意識と倫理観を育むための「心のノート」の活用、「国旗・国家」の強制、教員評価の徹底、国公立大学の法人化と競争的な環境のもとでの大学改革の支援施策、等に現れてきている。
このような選択の道とその具体的現れからみるならば、教育基本法のいう個人の尊厳を重んじ、学問の自由を尊重し、教育の機会均等をはかる教育基本法の精神は相容れないものとなるのは確かである。
(2)もう1つの選択肢への道
ところでアメリカや日本のとる選択と異なって、ヨーロッパ社会経済モデルの社会とはどのようなものか。
そうした社会での社会的セーフティネットの張り替えは、「経済のボーダレス化・グローバル化にともなって機能不全に陥っている所得再分配、つまり現金給付による社会的セーフティネットを、サービス(現物)給付によって張り替えようとする」*4。そこで主に対象となるのは、福祉・医療・教育というサービス給付であり、しかも人間的能力を高めるサービス、知識資本が社会的インフラとなる。人間が人間として成長することが目指されているのである。
たとえば、こうした社会を目指しているスウェーデンでの教育を受ける機会を例にとってみよう。スウェーデンでは23歳まで時間をかけての義務教育を受けることが保障されている。職業能力を高める要求とともに、失業者の職業転換を保障する職業訓練機関の充実も図られている。あるいは大学教育についても、「後期中等教育」を修了した25歳以下の国民で、4年以上の実務経験を有していれば、簡単なテストで入学できる、という。まさに「学びの社会」の実現が目指されているのである。*5
日本の中でわれわれが選択すべき道は、社会的セーフティネットを張り替えていこうとするヨーロッパ社会経済モデルではないだろうか。そうした道においては、教育基本法のめざす「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育」の理念は、ますますリアルな意味と形をもって顕れてくると言えるだろう。
3. 教育基本法の普遍的性格をどうとらえるか
(1)教育基本法成立史論を田中耕太郎中心に組み立てることの限界
もう1つの問題は、教育基本法の普遍的性格をどうとらえるかという問題である。これまで教育基本法改正が持ち出される際の常套手段であり、今回の改正でも持ち出される論拠は、「(制定から半世紀以上の間に我が国社会は著しく変化しており、)現行の教育基本法に定める普遍的な理念は大切にしつつ、変化に対応し今後重視すべき理念を明確化することが必要」という論である。この論拠をどう考えたらよいのか。このことを検討するために、教育刷新委員会での議論を中心とする教育基本法成立史研究の最近の新しい動きについて紹介してみたい。
教育基本法成立史研究を専門とする吉野博明は、最近の研究の中で、教育基本法成立史論を田中耕太郎を中心に組み立てることへの疑問を呈し、むしろ田中耕太郎の果たした役割を相対化し、「教育基本法構想の誕生を田中二郎の教育改革立法政策論の展開のなかに見出し、各立案ルートにおける田中(耕)と南原の教育立法思想的な影響の跡を対比的にたどりながら、諸機構間の-そしてその中で苦闘した人々の-政治力学的な緊張関係の中で教育基本法の成立を捉えること」の課題を提起している。*6
また吉野は上記引用論文の中で、教育基本法成立史論のなかにみられる田中耕太郎の教育改革論の限界を次のように指摘している。
「田中耕太郎の教育改革論の基調にあったのは、わが侵略戦争とその結果に対するラディカルな反省と告発であった。しかしながら彼の反省や告発の仕方したがって教育改革論の特色や教育基本法制定への『熱意』は、その根底において、永遠に不変の、神の摂理に服従する自然法への回帰をめざす一点に発するというほかなく、『人格』とか『個性』という近代的概念を現実の人間を超越した自然法秩序に押し込めるその心性は、社会の深部における歴史的変化の具体的現われに対する不信と敵対の要素をも多分に含むものであったとみなければなるまい。」
言うまでもなく、教育基本法前文と目的を謳った第一条の内容は普遍的な性格を持っていることは誰しも認めるところである。しかも、吉野の指摘がするように、田中耕太郎の、「教育基本法が哲学的・倫理的な教育の理念を掲げたのは、教育勅語に代わる新教育理念を示すためには止むを得ない措置であった」と考える心性からは、改正側の論に根拠を与えこそすれ、それへの反論と展望を与える論理構成はむずかしいだろう。それに替わりうる論は、吉野が一方で注目しているカント研究者南原繁の論に見出すことができるのではないかと思われる。それをどう継承・発展させるかが問われていると思われる。
(2)南原繁の教育立法思想的な影響
教育基本法の普遍的性格のもつ「止むを得ない措置」以上の意味をどうとらえるべきか。それを南原の説明に拠ってみてみる。南原は言う、
「わが国がいま改めて民主政治を自分のものとするためには、何を措いても、人間の自律と人間性の確立が急務である。われわれが国民たる前に、ひとりびとりが人間としての自律である。それは、国家の権力といえどももはや侵すことのできない自由の主体としての人間人格の尊厳-同時におのおのが余人をもって代えることのできない個性の価値の相互の承認でなければならぬ。」
「敗戦日本にとって、何が根本的課題かといって、そうした文化の普遍人類的な基盤を確立するごときはないであろう。これがなかったところに、狭隘(きょうあい)な民族文化理想や独善的な国粋主義がはびこって、ついに祖国を戦争と破滅に導いたのであった。およそ一国文化の真の個性や特殊性というのは、その前提として、世界人類的な普遍的基盤に立って、はじめて成り立つものなのである。」
「今後、いかなる反動の嵐の時代が訪れようとも、何人も教育基本法の精神を根本的に書き換えることはできないであろう。なぜならば、それは真理であり、これを否定するのは歴史の流れをせき止めようとするに等しい。」*7
この南原の世界人類的な普遍的基盤の背景にあるのは、カントの自由・自律概念であり、それによる道徳論、国家論、永久平和論の展開であった。*8そこには田中耕太郎の「止むを得ない措置」以上の積極的な意味をみることができる。こうした視点をどう継承発展させるべきか、それはわれわれに課せられた課題であるが、その事例を私たちはいまEUによるヨーロッパの再生の試みという世界史的で空間的にも大規模な流れのなかに、その理念と具体化の中にみることができる。というのも、ヨーロッパの統合の理念にあるのは「未来の世界規模の内省」への「カント的な希望」のデザインであるからに他ならないからである。*9
注釈
*1 以下の引用は神野直彦「日本の目指す『ほどよい政府』への道」「生活経済政策」No.108、2006.1なお、同じく『人間回復の経済学』岩波書店、2002.5など参照
*2 渡辺治『ポリテイーク』Vol.05旬報社、2002.6所収渡辺治報告「国家統合をめぐる二つの構想」p.9
*3 OECD・PISA2003の調査結果報告に対する直後の中山前文部科学大臣の発言は象徴的であった。前大臣は、日本の子どもの学力が低下傾向にあることを認め、文部科学省としても詳細な結果分析をし、もう1回世界のトップを目指すべく義務教育の改革に全力で取り組むという。そして、「今までの教育に欠けていたものがあるとすれば、競い合う心や、切磋琢磨する精神だ」として全国的な学力テストの導入に言及している(「朝日新聞」2004.12.18朝刊)これは、OECD・PISA2003の求める、学校カリキュラムをどれだけ理解したかでなく、将来社会の中で十全な参加ができるために必要な知識と技能が義務教育段階でどれだけ身につけられたかを問う、という調査のねらい・新しいリテラシーの主旨をまったく理解していない発言である。あらにいえば、例えば「科学的リテラシー」が、レイチェル・カー村の『沈黙の春』1962を契機に設けられた10年毎の環境サミットとそれを受けたユネスコ・フォーラム1993での「Science
fo All」の宣言などを背景とした地球の環境や人類の共存を守るための持続可能な社会をつくるため、すべての市民が持つべき科学的リテラシーとして提起されたものであること。それをとくに欧米では真正面から受け止め、21世紀に入っての教育改革の大きな柱に据えられ取り組んできている、そうした動きを受けた調査であったこと、それらの背景を踏まえれば、そうした調査で学力テストをしながらもう一度世界一を目指すという考えがいかに「ずれた」偏狭なものであるか明らかである。(川勝博「学習が参加であることの意味」『日本の科学者』2001.5同「理科教育」2003.1?2参照)
*4 神野直彦「日本の目指す『ほどよい政府』への道」
*5 神野直彦『二兎を得る経済学』講談社+α新書2001参照
*6 吉野博明「教育基本法成立史再考」『教育学研究』第65巻第3号、1998.9
*7 南原繁「日本における教育改革」教育基本法文献選集1・鈴木英一編『教育基本法の制定』学陽書房、1977.12
*8 教育基本法成立史における南原の教育立法思想とカントの関係は、柳沢昌一「南原繁における神聖政治批判の論理と『人間性』『国家』『永久平和』の理念」未公刊2003.9参照
*9 J・デリダ、J・ハーバーマス「われわれの戦後復興-ヨーロッパの再生」『世界』2003.8
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*「福井の科学者 地域に根ざす科学者運動99」(日本科学者会議福井支部刊、2006・2)に収録
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